第10回
女性アスリートの健康問題を考える

監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長

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女性アスリートの健康問題を考える

“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがあるトピックスをご紹介します。

CASE.10では、オリンピック選手を輩出してきた実業団チームを持つ会社を経営するK氏と、同社でマラソン選手として長年活躍してきたKTさんのケースについて、医師の見解を通して女性アスリートが抱える問題についてご紹介します。アスリートである女性たちが抱えるリアルな問題を、オリンピックが開催されるこの時期にこそ改めて考えてみましょう。

女子アスリートの三主徴とは?

CASE.10 ハードなトレーニングで無月経にもなったKTさん

東京オリンピック・パラリンピックを間近に控え、K氏は自身の会社の社員が参加するマラソン競技に期待を寄せていた。K氏が社長を務める会社は以前から女性スポーツに力を入れ、多くの大会で数多くの実績を重ねてきた。今回の東京2020大会でもスポンサーとして協力してきたこともあり、社員が参加する種目だけでなく大会全体の成功も祈らずにはいられない心境であった。そんな時、近年問題意識が高まっている女性アスリートが抱える「女子アスリートの三主徴」の話を医師から聞いた。

ドクターズEYE!女性アスリート特有の健康問題「女子アスリートの三主徴」

近年、女性アスリートの健康問題が注目されるようになってきました。従来から体操競技やマラソンランナーなどでは無月経になる選手が多いことが指摘されていました。指導者の中には「月経があるうちは選手としては半人前」と堂々と話す者も少なくありませんでした。しかし、思春期における激しい運動トレーニングおよび極端な体重制限などは、初経発来の遅延や無月経、骨密度の低下などを引き起こす可能性が高いことが科学的に裏付けられてきました。激しい運動トレーニングを継続しているにもかかわらず、食事制限などで十分なエネルギーを摂取できない場合、利用可能エネルギーが不足の状態となります。エネルギーが足りないことで質の高い練習の継続やパフォーマンスの向上を困難にするほか、アスリートの健康そのものをも蝕むさまざまな健康問題に発展していきます。このように、「利用可能エネルギー不足」「運動性無月経」「骨粗しょう症」は、女性アスリート特有の健康問題として「女子アスリートの三主徴」と呼ばれています。

女性アスリート特有の健康問題「女子アスリートの三主徴」
体重を削ることでパフォーマンスが発揮できる!引退時には7か所の疲労骨折を起こしたその危うい認識

K氏が経営する会社は札幌に本社を持つ老舗で、先代の社長の時代から女子マラソンに力を入れてきました。私は20年ほど前に同社のマラソン選手として活躍していましたが、引退時には7か所の疲労骨折を起こしていたことを発表しました。また、無月経にもなり、体重を削ることでパフォーマンスが発揮できるといった認識でいたことも併せて発表し、自分でも、まさに現在の女子アスリートの三主徴を体現していると言って過言ではないと思っています。

ドクターズEYE!
継続的な激しい運動トレーニングが重要な健康問題の誘因となる

まず、ひとは誰でも食事からエネルギーを摂取し、生きるためのエネルギーを消費します。加えて、アスリートはスポーツ活動でエネルギーを消費することになります。食事からのエネルギー摂取が少ない状態でスポーツ活動を継続していくと、スポーツ活動にはエネルギーがどうしても使われてしまうため、生きるためのエネルギーが消費されることになります。このように運動によるエネルギー消費量に対して、食事などによるエネルギー摂取量が不足した状態が続くと、卵巣を刺激する脳からのホルモン分泌(黄体形成ホルモンなど)が低下して無月経となったり、骨代謝などを含む身体の諸機能に影響を及ぼしたりすると考えられます。「女性アスリートの三主徴」は、継続的な激しい運動トレーニングが誘因となり、それぞれの発症が相互に関連していることで女性アスリートにとって重要な問題となるのです。

アスリートにとって減量することとパフォーマンスは大切な要素になっているけれど、確かに体が正常にエネルギー消費することの妨げになっているのですね。

無月経、競技や種目に違いもある?

早速ですが、まず無月経について教えてください。無月経になりやすい競技や種目はあるのでしょうか?

ドクターズEYE!
月経周期異常と体脂肪率の関係

国立スポーツ科学センター(JISS)において、国内トップレベルの女性アスリート683名を対象に実施したアンケート調査結果では、無月経を含む月経周期異常のあるアスリートは約40%を占めることがわかりました。このうち、競技別に無月経の割合をみてみると、体操、新体操、フィギュアスケートなどの競技で高く、次いで陸上(長距離)、トライアスロン競技の順となり、体脂肪率が低くなる傾向にある審美系や持久系競技種目において無月経者が多くみられました。

約40%の女子アスリートが月経周期異常を抱えているとは驚きですね。

トップアスリートとしてのストレスは関係ある?
専門医への受診は必要?

やはり、ハードなトレーニングが原因なのでしょうか?その他、トップアスリートなどでは人間関係やストレス、栄養状況なども関係しているのでしょうか?また、どのような場合に専門医に受診した方が宜しいのでしょうか?

ドクターズEYE!
無月経になるさまざまなパターンを検証してみる

運動性無月経は、これまでにあった月経が3か月以上停止した状態である「続発性無月経」のうち運動が原因と考えられるものをいいます。この運動性無月経は、女性アスリートの健康管理上きわめて重要な問題であり、その重症化や難治性が懸念されています。運動性無月経が発生する主な理由として、①low energy availability、②精神的・身体的ストレス、③体重・体脂肪の減少、④ホルモン環境の変化などが考えられます。
いつ月経が止まったのか、次の3つのパターンに当てはまるかどうかを確認すると良いでしょう。まず1つは、低体重など慢性的に利用可能エネルギーが不足しているパターン。2つ目はこれまで規則的にきていたが、体重が減った時期に一致して月経が止まったパターン。最後は練習量が増えたタイミングで月経が止まったパターンです。
これらに当てはまる場合には、選手と相談してトレーニング内容や運動量、食事量、食事内容を見直すと良いでしょう。加えて、選手の置かれたメンタル環境、人間関係にも注目する必要があります。食事指導や運動内容の見直しを行い、体重が回復しても月経が発来しないような場合や判断が難しい場合には、やはり婦人科医に相談することをお勧めします。

いくつかのパターンがあって、検証してみることが必要ね。そしてやはり月経が来なければそれを見過ごさないことが大事なのね。

骨粗しょう症、一般人より
丈夫なはずのアスリートがなぜ?

一般的には運動は骨に対して良い働きをするとされています。年をとっても継続的に運動をしているような中高年では骨が丈夫になると聞いたことがあります。毎日トレーニングをするようなトップアスリートが骨粗しょう症になるのはなぜなのでしょうか?

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女性ホルモンは月経だけでなく骨の健康にも重要な働きがある

女性ホルモンの分泌は月経のみに働きかけるのではなく、骨の健康(骨密度の維持)にも影響しています。そのため、月経周期に異常をきたすと骨密度の維持が妨げられ、骨量の減少につながってしまうと言われています。元々、骨量のピークは20歳といわれており、成長期に上記のような症状をきたすと十分な骨量の確保が困難となり、閉経後の骨量が大幅に減少する頃に『骨粗しょう症』を発症するリスクも高まります。そのため、特に成長期のアスリートはエネルギー摂取が不足すると練習を継続できなくなったり、怪我が多くなったりするだけではなく、将来的な健康にも影響を及ぼすことになるので特に注意が必要です。若い女性アスリートにおいても、摂取エネルギーの低下(low energy availability)の状態が続くと性腺刺激ホルモン放出ホルモンの分泌が低下し、成長ホルモンやエストロゲンの分泌が抑制された結果、無月経とともに骨代謝異常をきたし、骨量が低下します。多くのアスリートが競技生活を送る思春期~20代において月経異常などにより骨量が低下することは、将来的な骨の健康にまで影響を及ぼしかねません。つまり、ある程度正常な周期の月経を維持すること、高い骨量・骨密度を維持することは女性アスリートの女性としての将来に対して非常に重要な課題です。

骨量・骨密度の健全さもまた、選手として活躍する期間だけでなく、将来にわたる健康問題なのね

減量の問題とトップアスリートを目指す女子の低年齢化

近年、トップアスリートを目指す女子では競技の開始年齢が低下し、第二次性徴を迎える前に過度な運動トレーニングが開始される傾向があるようです。またトップアスリートの体型を自分の体型イメージに投射し、減量することで運動パフォーマンスが高まるとの誤った認識を抱く女子も少なくないと聞いたことがあります。このような女子に対して栄養やサプリを含めて、どのような管理が必要なのでしょうか?

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トレーニング強度や頻度などの調整、体重や栄養状態にも留意を

骨量の年間増加率は11〜14歳が最も大きく、20歳頃に骨量のピークを迎えます。若年アスリートの骨粗しょう症は、疲労骨折による競技生活の中断のリスクがあるだけでなく、将来的な骨の健康にまで影響を及ぼしかねません。一方でこの時期は女性としてのホルモン環境を整える時期でもあります。激しい運動トレーニングおよび極端な体重制限などは、初経発来の遅延や無月経、骨密度の低下などを引き起こす可能性が高く、女性アスリートの身体の正常な発育・発達を妨げる可能性も高いと考えられます。それだけにこの時期には、トレーニング強度・頻度などの調整や体重コントロールに留意していくことが必要となります。また日常的な食生活においては、バランスのとれた食事や、運動によるエネルギー消費量に見合ったエネルギー摂取量の維持を心がけるなど、家族や周囲のサポートが必要となります。
女性アスリートの栄養状態は種目特性もありますが、 成人ではBMI18.5以上を目指すべきであるとされています。思春期の場合には標準体重の90%以上を目指すと共に最低2000kcal/日以上を摂取することが必要とされています。そのほか、ビタミンD、ビタミンK、カルシウム、マグネシウム、鉄分の摂取も推奨されています。

成長期の女子がトレーニングに際して留意すべきことは多いですが、将来の健康のために大切ですね。

KTさんの感想

女性アスリートには、特有の健康問題があることが良くわかりました。2020オリンピック・パラリンピック東京大会が間近に迫っています。コロナ禍での開催に多くの問題があることも指摘されています。それだけにテレビを通じてとなりますが、我が社の女性社員が日本代表として活躍する姿を、K社長とともに応援したいと思っています。

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監修医プロフィール

落合 和彦

生年月日 昭和26年10月10日
現職 東京慈恵会医科大学客員教授
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
公益社団法人 東京都医師会理事

学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務

所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など

2019年11月現在

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