第9回
乳房温存?切除?乳がん治療編

監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長

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乳房温存?切除?
乳がん治療編

“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがあるトピックスをご紹介します。

CASE.09では、以前乳がんが検診で発見されたW子さんのケースをご紹介しましたが、今回は、別の同僚X子さん48歳が同じく乳がんと診断されたケースについて、治療編として実際の治療の様子をご紹介します。女性にとって身近な疾患である「乳がん」のリアルについて見ていきましょう。

多忙な日々に見逃しがちな乳がん検診

CASE.09 乳がんにかかったW子さんの同僚のX子さん
小学生の子どもをかかえて治療に不安も

ライフスタイルの変化とともに年々発生率が上昇傾向!11人に1人が罹患する乳がん

X子です。私は乳がんになったW子さんの同僚ですが、W子さん同様に検診で異常が指摘され、精密検査の結果、乳がんと診断されました。小学生の子どもをかかえ、今後の治療についてとても不安です。これまで意識してきませんでしたが、乳がんとはこれほどまでに身近な疾患だったのでしょうか。

ドクターズEYE!11人に1人が罹患する乳がんは、年々発生率が増加傾向

現在我が国において女性がかかるがんとして、一番多いのが乳がんです。統計で言えば女性の11人に1人は乳がんにかかると言われていて、乳がんは私たちにとって身近な疾患なのです。また、乳がんの発生率は年々上昇していますが、これは未妊女性の増加や閉経の遅れなどで女性ホルモンの暴露期間が長くなることに加え、食生活の欧米化などが関係しているとされています。

11人に1人というリアルな数値には正直驚きました。しかも年々増加傾向にあるなんて。すべての女性がそのリスクを自覚すべき疾患なのですね。

コロナ禍の影響で手術が延期に⁉

私は幸い早期の乳がんであったため、乳房温存手術が計画されました。しかし、2020年のコロナ感染の拡大により手術が延期されてしました。このような方は他にもたくさんいるはずですが、病状が進行しないかと不安で仕方ありません。

ドクターズEYE!
がん細胞は何年もかけて進行するので慌てず主治医の指示を守って

患者さんの心理として大急ぎで治療を開始しないと乳がんが広がってしまうのではないかと心配されるお気持ちはよくわかります。しかし1cmのしこりの中には約10億個もの乳がん細胞が含まれていると考えられています。ですから乳房の中に「がん細胞」が生じてから1cmのしこりになるまでに何年もの時間が経っていると考えられます。乳がんと診断されても慌てることなく、主治医の指示を守ることが大切です。

なるほど。今すぐに発生した病気ではないのだから焦らず、慌てずに治療をスタートすればいいのね。

乳がんの治療法を決める因子はなに?
治療法の違いを知りたい

私は乳房温存手術を行うことになりましたが、すべての乳がんにこの手術ができるわけではなさそう。もちろん、腫瘍の拡がりなどが関係していることは想像できるのですが、ほかにはどのような因子が治療法に影響してくるのでしょう?また、このような手術であっても術後に追加治療が必要となる場合もあると説明を受けました。

ドクターズEYE!
治療方針は画像診断+進行度により決定

最適な治療方針を決めるためには、正しい診断が必要不可欠です。乳がんの性格(悪性度)や広がりを評価するためにはマンモグラフィ検査などの各種画像診断に加え、非浸潤(ひしんじゅん)がん~発生した場所にとどまっているタイプ~なのか浸潤(しんじゅん)がん~まわりに広がっていくタイプ~なのかを組織学的検査、ホルモン受容体やHER2(組織内の特殊タンパク質)の状況、腋窩(えきか)リンパ節転移~乳がんは腋のリンパ節に転移しやすい~はあるのかなど、様々な進行度の指標を参考にして総合的に判断します。

がんには性格があると聞いたことがあるのだけれど、非浸潤か浸潤がんなのか、進行度や転移などの可能性をしっかり診断してもらうことが重要なのね。

乳房を温存する手術と
切除する手術の違いは?

私が行う乳房温存手術以外にも、最近は乳房切除術に加え乳房再建手術を組み合わせて行うことも多いと聞きます。どのような場合に温存手術が行われるのか、また乳房切除術との違いはどのようなものなのかを医師に尋ねてみました。

ドクターズEYE!
乳房温存手術と乳房切除術の違いはしこりの大きさ

図解

乳房温存手術は、しこりが単発で大きさが概ね3cm未満、周囲に乳がんのひろがりがあまり見られない場合に行われます。しこりを含むがんの周囲を1~2cmの余裕をもって切除します。がんの範囲はマンモグラフィや超音波、MRI検査などを用いて術前に予想し、これを十分含んで切除の範囲を決定します。必要に応じて手術時にがん細胞が最初に飛び火する(=がんから一番近い)リンパ節である「センチネルリンパ節」生検(組織片を切り取って顕微鏡などで調べる検査)、または腋窩リンパ節郭清(転移が疑われる組織を取り除くこと)を行います。一方、しこりが大きい、しこりが複数ある場合には乳房切除術を行います。通常乳頭としこりの上の皮膚を含めて切除し、筋肉は切除しません。手術後のイメージとしては、乳頭のない男の人の胸のようになります。最近では、がんを完全に取り切ることが可能と判断された場合には、しこりの大きさが3cmより大きくても乳房温存手術の適応となることがあります。また腫瘍径が大きな場合には術前薬物療法により腫瘍を縮小した上で温存手術を行う場合もあります。また、原則として乳房温存手術を選択した場合には、術後放射線療法が必要です。

できれば乳房を温存したいところだけれど、しこりの大きさや周囲へのひろがりによって温存か切除か決められるのね。

乳房温存手術の早期がんなのに、
術後に追加治療が必要なの?

私ははじめ、乳房を残せる縮小手術ができると言われたのを喜んでいました。ところが術後放射線療法が必要と言われ、少しショックを受けました。せっかく早期で発見された乳がんなのにと。乳房温存手術に術後放射線治療を行うのは何故でしょうか?放射線療法は通院でも可能なのでしょうか?また何か副作用は出てきますか?次々と湧いてくる質問を医師にぶつけてみました。

ドクターズEYE!
手術は目にみえるがんの摘出を、放射線治療は見えないがんの治療のため

乳房温存療法における手術の役割は、目にみえるがんのしこりを摘出することですが、放射線療法の役割は、手術で取りきれなかった可能性のある、目にはみえないがん細胞を死滅させることです。手術と放射線療法の両方を行うことで乳房を温存しつつ,乳房内の再発を抑えることが可能になります。手術で切除した組織の断面を顕微鏡で詳しく調べた結果、断面およびその近くにがん細胞がなかった(断端陰性といいます)患者さんに対して、放射線療法を加えた場合と、加えなかった場合を比べた試験では、放射線療法を加えることにより、乳房内再発が約3分の1に減ることが明らかになっています。さらに乳房内再発を防ぐことにより,生存率も向上させることが示されています。ただし、放射線療法を行っても乳房内再発を100%防ぐことはできません。
放射線療法は通院で受けられますが、毎日通う必要があること、照射自体は短時間で終わりますが、仕事をしている場合は治療時間に加えて受付や会計の時間、職場と病院の往復時間も含めてスケジュールを立てるようにしましょう。放射線治療は「がん」だけに焦点をあてて治療をするため、抗がん剤とは異なり強い副作用は出ません。しかし、船酔いに似た症状や倦怠感、局所的な熱感などはみられることがあります。

抗がん剤と違い副作用がそれほど強くないと聞き少し安心!でも仕事をしながら通院するためにはスケジュールを調整する必要があるわね。

手術そのものによる後遺症はないの?

先生の説明のおかげで手術後の追加治療についてはイメージがついて、少し安心できました。また治療のスケジュールにも納得できましたが、もう一つ気になるのは、手術そのものによる影響、後遺症はないかということ。それについても尋ねてみることにしました。

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切除範囲により影響の大きさは異なるが、生活全体の見直しを

手術は切除範囲が小さければ、術後の影響が少ないことは当然です。また乳がん手術に限ったことではありませんが、手術後は傷の周囲の感覚が少し鈍くなります。また、脇の下などのリンパ節郭清を行った場合には、手術をした側の腕や肩が動かしにくくなる場合があります。また、腕のむくみは、脇のリンパ節郭清をし、リンパ液の流れや戻りが悪くなることで起こります。これを「リンパ浮腫」といいます。リンパ液の流れを良くするようなマッサージや運動でむくみを改善していきます。また乳がんに限ったことではありませんが、喫煙習慣があったり、食生活が乱れていたりすると、術後の体の調子が悪くなり、「がん」からは生還したとしても、生活習慣病などの病気に発展する恐れがあります。乳がんの手術をきっかけに生活自体を見直し、改善することが必要です。

がんを切除すれば安心というよりも、そもそもがんになってしまった生活全体を見直す必要があるのは当然のことね。

乳房切除を行った上での乳房再建手術のほうが再発率は低いの?

私は1日20本の喫煙者で、それも20年間妊娠中を除いて吸い続けてきましたが、これを機会に禁煙する決意を固めたのは言うまでもありません。私は乳房温存療法を選択しましたが、術後に放射線療法を行わなければならないなど不安要素もあることから、乳房切除を行った上で「乳房再建手術」を併せておこなう方が再発率は低下するのかどうかを確認しました。

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乳房を再建することで再発が増えるなどの影響はない

「乳房全切除術」は大胸筋と小胸筋を残してすべての乳房を切除する方法です。従ってがんの治療としての根治性は温存手術より高くなります。しかし、がんの拡がりや悪性度などを勘案して適切な手術が勧められるのは、前述したとおりです。
乳房再建は、手術によって失われた乳房を、形成外科の技術によって再建する方法です。乳房を失うことで、温泉に入れない、パッドがわずらわしいなどの不便や不自由さを感じる人も多く、乳房を再建することでこれらの精神面や肉体面の問題が改善することもあります。乳房を再建することで再発が増えたり再発の診断に影響したりすることはありません。しかし、乳房再建の方法(自家組織~自分の体の他の部位から組織を移植~か人工乳房~シリコンなど生体適合性がある補填材を入れる~か)や時期(一次再建~乳房切除と同時に乳房再建まで行う~か、二次再建~乳房切除後に改めて乳房再建する~か)もさまざまで、放射線療法との関係や、乳房の手術をする施設の状況、再建をする形成外科医の技術など、検討すべき問題はたくさんあります。再建を検討したい方は,手術前に自身の希望を担当医に伝え、必要に応じて形成外科医を紹介してもらい、十分に相談することをお勧めします。

治療の方針はケースバイケース。だから適切な方法と自分の希望をよく主治医と相談することが何より大切なのね。

術後の治療、薬物療法や化学療法について

私は説明を聞き、乳房再建術の難しさも知ったため、主治医の勧める乳房温存手術+術後放射線療法を選択することになりました。でも知人が卵巣がんになり、術後の抗がん剤により激しい嘔吐と脱毛などの副作用に悩ませられた経験を聞いたこともあって、術後治療について、特に放射線以外の術後療法について「手術以外の治療はどのようなものがありますか?また、副作用についても教えてください」と尋ねてみました。

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術後の選択肢はさまざま。薬物療法と化学療法

「手術により摘出した腫瘍の「性格」を知ることが必要になります。術後薬物療法の選択としては

  1. ホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)陽性~ホルモンと作用する構造をもつがん~の場合にはホルモン療法を行います。この治療では自然の女性ホルモンと拮抗する薬剤を使用するので、のぼせやほてりなど更年期様の症状が出ることがあります。また、気分が落ち込む、イライラするなどの精神的な症状が出ることもあります。
  2. 腫瘍組織内に細胞増殖の調節に関与する特殊タンパク質であるHER2陽性(細胞を増殖させる信号を受け取る構造をもつがん)の場合には分子標的薬(病気の原因に関わる特定の分子だけを選んで攻撃するという特徴をもつ薬品)用いた抗HER2療法を行います。分子標的薬は、薬によって異なりますが、悪寒、下痢、発疹などの副作用がありますが、程度は軽く、次に挙げる抗がん剤と併用しますので、むしろその抗がん剤の副作用が出てきます。
  3. 抗がん剤による化学療法は、主に細胞障害性(直接がん細胞を死滅する、または機能を障害し増殖を防ぐ)抗がん薬を用いることが多く、必要に応じて複数の薬を組み合わせて行います。副作用には、血液細胞の数や、肝機能、腎機能などへの影響のほか口内炎や吐き気、脱毛、下痢などですが、その程度は人によりさまざまです。最近は副作用を予防する薬も開発され、特に吐き気や嘔吐に対しては以前と比べて多くの人が予防できるようになってきました。

一方、患者さん自身の希望(効果が出る可能性があるなら,どんな治療でも受けたいのか、それとも副作用は可能な限り避けたいのか)などを考慮して総合的に判断しますので、希望があれば遠慮されずにお申し出ください。

術後の治療法もさまざまなのね。ここでも主治医と相談しながら、がんと闘っていかないといけないことがよくわかったわ。

X子さんの感想

乳がんは女性にとってとても大切な臓器である乳房を襲う疾患です。加えて乳がんに対する治療では、臓器としての機能を失うというだけでなく、女性のシンボルである乳房を失うといった精神的なダメージも大きいことを周囲の人も理解しておくことが重要だと感じました。特に、乳がんの患者さんは私のように働き盛りの年齢層が多いことから、職場復帰した時にも安心して働ける環境を作り上げておくことも大事だなと、同じ乳がんになったW子とも話しています。

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監修医プロフィール

落合 和彦

生年月日 昭和26年10月10日
現職 東京慈恵会医科大学客員教授
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
公益社団法人 東京都医師会理事

学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務

所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など

2019年11月現在

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