第21回
「痛みが怖い」と言えなかった私が、無痛分娩を知るまで

監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長

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「痛みが怖い」と言えなかった私が、無痛分娩を知るまで

“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがあるトピックスをご紹介します。

CASE.21では、近年関心が高まっている「無痛分娩」についてです。痛みへの不安、母体や赤ちゃんへの影響、安全性など、気になる疑問に対し、実際のケースを交えながら、産婦人科医の視点で分かりやすく解説します。

変わりゆく出産のかたちの中で、納得できる選択を探したM子

CASE21:無痛分娩について

私はM子、32歳。第一子の妊娠が分かり、喜びと同時に少しずつ現実的な不安も感じるようになりました。
その中でも、周囲の体験談を聞くたびに気になっていたのが「出産の痛み」です。自然分娩が当たり前、という空気の中で、「痛みを我慢できるだろうか」「怖いと思うのは甘えなのだろうか」と、誰にも言えず悩んでいました。

そんな折、妊婦健診で目にしたのが「無痛分娩」という言葉でした。調べてみると、東京都では令和7年10月から無痛分娩に対して10万円の補助が開始されるとのこと。出産を控える若い女性にとっては大きな安心材料であるだけでなく、日本の少子化対策としても一縷の光明になるのではないか、という指摘もあるようです。

「痛みを減らす選択をしてもいいのだろうか」「赤ちゃんへの影響は?」「安全性は?」――さまざまな疑問が頭に浮かび、私はかかりつけの産婦人科医に相談してみることにしました。
今回は、そんなM子のケースを通して、「無痛分娩」について考えてみたいと思います。

無痛分娩と聞くと、意識がなくなってしまうのではないかと少し不安です。実際には、どのような方法なのでしょうか?

ドクターズEYE!
無痛分娩は、意識をなくす麻酔ではありません。

背骨の中にある硬膜外腔という部分に、カテーテルと呼ばれる細い管を入れ、そこから麻酔薬を注入することで、分娩時の強い痛みを和らげる方法です。子宮や産道が広がる際の陣痛が軽減されるため、出産後の回復が比較的早いとされています。

麻酔を行っても、妊婦さんの意識がなくなることはありません。ただし、医療機関によっては、不安や緊張を和らげる目的で、軽い鎮静剤を併用する場合もあります。現在、日本では分娩全体の約20%が無痛分娩で行われています。

無痛分娩を受けられない方は多くはありませんが、血液をサラサラにする薬(抗血小板薬や抗凝固薬)を日常的に服用している場合や、背骨に変形がある場合には、麻酔ができないことがあります。また、分娩が急速に進み、カテーテルを入れる時間が確保できない場合には、無痛分娩を行えないこともあります。

意識がなくなるわけではないと分かって、少し安心しました。

無痛分娩は、どんな流れで進むの?

意識ははっきりしたまま出産できると聞き、安心したM子でしたが、次に気になったのは「実際に、無痛分娩はどのような流れで行われるのか」という点でした。

ドクターズEYE!
無痛分娩は、計画的に進められることが多い分娩方法です。

多くの場合、あらかじめ入院日を決めて行います。入院後は、超音波検査や各種モニターを用いて、赤ちゃんの状態が問題ないかを確認します。同時に内診で、子宮口の開き具合や赤ちゃんの頭の下がり方など、分娩の進み具合を確認します。

分娩がまだあまり進んでいない場合には、「メトロ」と呼ばれる小さな水風船のような器具を子宮内に入れ、子宮口を開きやすくする処置を行うこともあります。

その後、横向きで背中を丸めた姿勢をとっていただき、背中に局所麻酔をしたうえで、細い特殊な針を使って硬膜外腔まで進め、そこに細い管(カテーテル)を挿入します。そこから麻酔薬を注入します。

麻酔がうまく効いてくると、5〜10分ほどで足先がじんわり温かく感じられるようになります。麻酔の効き方や左右差がないかを確認し、問題がなければ赤ちゃんの心拍やモニターを見ながら、陣痛の強さに合わせて麻酔薬の量を徐々に調整していきます。陣痛が弱い場合には、陣痛促進剤を併用することもあります。

流れを一つひとつ聞いて、漠然とした不安がかなり減りました。

無痛分娩でも、陣痛はあるの?

分娩の流れが分かり、少しずつ安心してきたM子でしたが、もう一つ気になっていたのが「無痛分娩でも、陣痛は感じるのか」という点でした。

ドクターズEYE!
無痛分娩でも、子宮の収縮、いわゆる陣痛そのものは起こります。

硬膜外麻酔による無痛分娩では、子宮の収縮がやや弱くなり、痛みは大きく軽減されますが、陣痛自体が完全になくなるわけではありません。

麻酔の効き方が十分でない場合には、陣痛の痛みを強く感じることがあります。一方で、麻酔が強すぎると、子宮の収縮が弱まり、分娩の進行が遅くなってしまうこともあります。そのため、麻酔の量や陣痛の強さ、分娩の進み具合を慎重に確認しながら調整していくことが重要です。

痛みを完全になくすのではなく、バランスを見ながら進めるものなんですね。

無痛分娩でも、難産になることはあるの?

痛みが和らぐことで出産への不安は減ってきたM子でしたが、一方で「無痛分娩にすると、かえってお産が大変になるのではないか」という疑問も浮かんできました。

ドクターズEYE!
無痛分娩でも、分娩の経過によっては時間がかかることがあります。

痛みが緩和されることで、いきむ力が弱くなり、その結果、分娩時間がやや延長することがあります。そのため、経過によっては一般に「難産」と呼ばれる状態になることもあります。

一方で万が一、分娩中にトラブルが起こり緊急で帝王切開に切り替える必要が生じた場合には、無痛分娩には利点もあります。すでに麻酔を行うための点滴や準備が整っているため、無麻酔の状態から手術を開始するよりも、速やかに対応することが可能です。麻酔の量を調整することで、すぐに帝王切開へ移行できる体制が整っています。

いざという時の安心材料にもなるんですね。

無痛分娩の最大のメリットと、知っておきたいリスク

無痛分娩について理解が深まるにつれ、M子は「結局のところ、いちばんのメリットは何なのか」「リスクや赤ちゃんへの影響は本当にないのか」が気になるようになりました。

ドクターズEYE!
最大のメリットは、痛みが軽減されることで、心身への負担が大きく減る点です。

出産時の痛みが少ないことで、身体的な負担だけでなく、精神的なストレスも軽減されると考えられています。また、体力の消耗が少ないため、産後の回復が比較的早いという点も大きな利点です。

一方で、注意すべき点もあります。
陣痛の痛みが緩和されることで、子宮収縮が弱くなり、分娩に時間がかかることがあります。分娩が長時間に及ぶと、赤ちゃんにとっても負担となります。
狭い産道の中で児頭が長時間圧迫されると、胎児に十分な酸素が届きにくくなり、「胎児仮死」と呼ばれる状態に陥ることもあります。

また、麻酔薬の影響で妊婦さんの血圧が低下し、赤ちゃんの状態が悪化した場合には、帝王切開へ切り替えが必要になることもあります。

さらに、痛みが抑えられることで最後の「いきみ」が弱くなり、吸引分娩や鉗子分娩となる割合は、自然分娩より高いとされています。

加えて、麻酔の効き方には個人差があり、
「思ったほど痛みが和らがなかった」と感じる方がいることも、知っておくべき点です。

なお、母体に投与された麻酔薬が赤ちゃんに移行する影響については、ほとんどないとされています。この点については、これまでの医学的な知見からも大きな心配は不要と考えられています。

メリットだけでなく、リスクも含めて知ることで、より納得して選べそうです。

無痛分娩は本当に事故が多いのか ― 安全性とその実態

無痛分娩のメリットやリスクを理解する一方で、M子はニュースや噂で耳にする「事故」という言葉が、どうしても気になっていました。

ドクターズEYE!
無痛分娩の事故の多くは、麻酔に関連するものです。

代表的なものとして、次のようなケースが挙げられます。

1.全脊髄くも膜下麻酔
硬膜の内側にある脊髄くも膜下腔に誤って麻酔カテーテルが入り、麻酔薬が上半身まで広がることで、呼吸停止に至る可能性があります。

2.局所麻酔中毒
麻酔薬が血管内に誤って注入されるなどした場合、局所麻酔中毒を引き起こすことがあります。

3.アナフィラキシーショック
麻酔薬に対するアレルギー反応により、重篤なショック症状を起こすことがあります。

ただし、無痛分娩による麻酔が原因で母体が死亡する確率は、全国で2〜3年に1例程度とされており、年間5〜6万件の無痛分娩が行われている現状を踏まえると、発生頻度は約10万人に1人と非常にまれです。

また、「無痛分娩の死亡事故率は5.2%(14件)」というデータもありますが、そのうち13件は羊水塞栓症や子宮破裂など、無痛分娩そのものが原因ではないものとされており、麻酔が直接の原因と判断されたケースは1件のみです。

事故を防ぐために、どのような対策が取られているのでしょうか?

ドクターズEYE!
適切な体制と管理があれば、無痛分娩は安全な医療と考えられています。

事故を防ぐためには、以下の点が重要です。

安全な施設選び
無痛分娩の実績があり、緊急時の対応体制が整っている医療機関を選ぶこと。

妊娠中からの適切な妊婦管理と十分な説明
無痛分娩について、妊婦本人だけでなく家族も含めて、医師から十分な説明を受けることが大切です。

JALA認定施設の検討
無痛分娩関係学会・団体協議会(JALA)が認定している施設も、安全性を判断する一つの目安になります。

“事故がある”という話だけで不安になるのではなく、数字や対策を知ることで、冷静に判断できそうだと感じました。

無痛分娩を受ける施設は、どこも同じではありません

無痛分娩について理解が深まるにつれ、M子の中にはもう一つの疑問が浮かんできました。
「どの病院でも無痛分娩を受けられるの? 施設によって安全性に違いはあるの?」
安心して出産に臨むために、M子は医師に率直な疑問を投げかけました。

ドクターズEYE!
安心して無痛分娩を受けるための施設基準とは

無痛分娩を実施するためには、関連学会が定めた施設基準を満たしていることが必要です。
具体的には、分娩や麻酔に必要な設備が整っていること、緊急時に迅速な対応ができる体制があること、そして医師・助産師・看護師が所定の講習を受講していることなどが求められます。

麻酔科医については、施設によって体制は異なりますが、常駐またはオンコールなど、適切に麻酔管理が行える体制が整えられています。

東京都では、無痛分娩に対する補助事業を実施するにあたり、これらの基準が遵守されているかを確認したうえで施設を登録しています。
現在、都内ではおよそ140前後の医療機関が登録施設として無痛分娩を提供しています。

無痛分娩を選ぶこと以上に、「どこで受けるか」が大切なんだと分かりました。

これからは無痛分娩が“当たり前”になるのでしょうか?

「お産は痛くて当たり前」「それを乗り越えて母になる」——そんな言葉を、これまで何度も聞いてきました。
無痛分娩について知識として理解すればするほど、ふと「自分は楽をしようとしているのではないか」と、胸の奥がざわつく瞬間があります。

一方で、分娩を取り巻く医療環境や女性の生き方は、母の時代とは大きく変わってきています。無痛分娩が選択肢として広がるなかで、「将来は自然分娩が少なくなるのだろうか」「私はどんなお産を選びたいのだろうか」と、M子の気持ちは揺れていました。

ドクターズEYE!
これからの時代のお産選び

現在でも、約70%の妊婦さんは自然分娩を選択しています。分娩中に異常が生じ、帝王切開に切り替わるケースはありますが、今もなお自然分娩で出産される方は多くいらっしゃいます。 一方で、「お産はできるだけ自然に行いたい」「出産の痛みを経験してこそ母性が芽生える」という考え方があるのも事実です。その反面、「強い痛みを伴う従来の分娩方法には抵抗がある」と考える方が増えてきているのも現状です。 働く女性にとってのメリットとして「予定が立てやすい」といったことも挙げられます。 特に産後の回復が早いことは女性にとって大きなメリットです。 また男性にとっても、奥さんが比較的苦しまないので出産まで付き添えるといった精神的なプラスも指摘されています。 欧米ではご主人が分娩室に一緒にはいる立ち合い分娩が多いのは、無痛分娩が普及していることも一因かもしれません。 無痛分娩が主流になるかどうかではなく、大切なのはご自身の価値観や体調、妊娠経過を踏まえ、主治医と十分に相談したうえで、リスクとベネフィットを理解し、納得のいく分娩方法を選択することです。

M子の感想

無痛分娩か自然分娩か、どちらが正しいという答えはなくて、大切なのは“自分が納得して選べること”なのだと分かりました。怖さや迷いを一つずつ知識に変えていくことで、ようやく“私のお産”を考えられるようになった気がします。

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監修医プロフィール

落合 和彦

生年月日 昭和26年10月10日
現職 東京慈恵会医科大学客員教授
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
公益社団法人 東京都医師会理事

学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務

所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など

2019年11月現在

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