落合 和彦
生年月日 | 昭和26年10月10日 |
現職 | 東京慈恵会医科大学客員教授 |
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長 | |
公益社団法人 東京都医師会理事 |
監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがあるトピックスをご紹介します。
CASE.20では、月経不順や不妊の原因として近年注目されている「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」がテーマです。広報課のY子さん(34歳)は、結婚を機に妊娠を考え始めたものの、月経不順が気になって婦人科を受診。そこで指摘されたのが“PCOS”という耳慣れない病名でした。女性ホルモンと深く関わるこの疾患について、専門医が丁寧に解説します。
私はY子、34歳。結婚をきっかけに、そろそろ子どもが欲しいなと思うようになりました。
ただ、ずっと気になっていたのが「月経不順」。学生時代から周期が安定せず、来たり来なかったり…。でも特に大きな支障もなかったので、ずっと放置していました。
それが、いざ妊活を始めようとすると、なかなかタイミングが合わず、不安に。
思い切って婦人科で相談してみたところ、先生から言われたのは「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」という聞きなれない病名でした――。
ドクターズEYE!
「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?」
あまり聞きなれない病気かもしれませんが、最近増加傾向にある疾患です。20代〜45歳 の性成熟期の女性の5~8%にみられるといわれています。これによって不妊症や月経異常など様々な症状がでてくるのが特徴です。
卵巣の病気なんですよね?何が起こっているんでしょう?
ドクターズEYE!
「PCOSの基本的なメカニズム」
通常の月経周期では、排卵に向けて卵巣の中で数十個の卵胞が育ち始めますが、十分に成長して排卵されるのは1個だけです。他の卵胞は途中で成長が止まり、やがて小さくなっていきます。
ところが、多嚢胞性卵巣症候群では、卵胞の成長が途中で止まり、多くの小さな卵胞が卵巣内にとどまったまま排卵できなくなってしまう状態です。これにより卵巣表面は硬くなり、排卵が十分にできなくなります。
卵胞が育たない原因としては、
ゴナドトロピン(卵巣や精巣などの性腺を刺激し、性ホルモンの分泌や生殖細胞の形成を促す)というホルモンの分泌異常や、男性ホルモンの過剰分泌が関係していると考えられています。
体のサインを見逃さないために
そう聞くと、体にどんな変化や症状が出るのか、もっと知りたくなりました。私の場合も月経不順だけじゃなくて、ほかにどんなサインがあるのか気になります。具体的にどんな症状が現れるのか教えてください。
ドクターズEYE!
「多様な症状と将来のリスク」
卵胞が育たず定期的に排卵が起きないため、無月経になったり、月経周期に異常があらわれ、不妊の原因にもなります。
また、男性ホルモンの分泌が通常より高くなることで毛深くなったり、ニキビができたり、肥満や血糖値の上昇といった症状がみられることもあります。
さらに長期間放置すると、子宮体がん(子宮内膜がん)の発生リスクが高まることが知られています。
なぜ卵巣の病気で子宮体がんのリスクが上がるの?
卵巣と子宮は違う場所なのに、どうしてそんなことが起こるのか気になります。仕組みを教えてください。
ドクターズEYE!
「黄体ホルモン不足が招く子宮内膜の異常とがんリスク」
多嚢胞性卵巣症候群では、正常な排卵が起きないため、排卵後に分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が十分に分泌されません。
その結果、長期間卵胞ホルモン(エストロゲン)の影響を受け続け、子宮内膜が肥厚したままの状態になります。
本来、子宮内膜は排卵後に妊娠がなければ自然に剥がれ落ち、月経として排出されますが、エストロゲンだけが長く作用し続けると子宮体がん(子宮内膜がん)のリスクが高まるとされています。
糖尿や肥満との関係
ホルモンのバランスが乱れることで体重が増えたり血糖値が上がったりすることがあると聞きました。糖尿病や肥満とPCOSにはどんな関係があるのでしょうか?男性ホルモンやインスリンの話も含めて、詳しく教えてください。
ドクターズEYE!
「PCOSと糖代謝異常のつながり」
男性ホルモンの値が高い原因は、脳から分泌される黄体形成ホルモン(LH)と、血糖値を下げるホルモンであるインスリンにあります。
これらのホルモンが通常よりも強く卵巣に作用し、男性ホルモンが卵巣で多く産生されることが原因と考えられています。
また、インスリン抵抗性(高インスリン血症)があると男性ホルモンが増加し、男性ホルモンは卵胞の発育を抑制、卵巣の外側の膜(白膜)を厚くして排卵を妨げます。
そのため、糖尿病やその予備軍にあたる方は、多嚢胞性卵巣症候群になりやすいとされています。
多嚢胞性卵巣症候群の診断方法とは
月経不順や妊娠しにくいと感じたとき、病院ではどんな検査をするのでしょうか?
ドクターズEYE!
「超音波とホルモン検査でわかるPCOS」
月経不順や無月経などの症状で受診されることが多いです。
超音波検査で卵巣に小さな嚢胞が多数(10個以上)見られ、血液検査で黄体化ホルモン(LH)や男性ホルモン(テストステロン)が高値を示し、AMH(抗ミュラー管ホルモン)も上昇していることが特徴です。
体質や遺伝も影響するって聞いたことがあるけれど、実際のところどうなんでしょう?
ドクターズEYE!
遺伝・肥満・ホルモンの影響
多嚢胞性卵巣症候群の患者さんの多くは、初経からずっと月経が不順です。
肥満も症状を悪化させる要因の一つです。
遺伝的な要因も指摘されていますが、この疾患を引き起こす明らかな遺伝子異常は報告されておらず、一般的な遺伝性の病気ではないとされています。
また、男性ホルモンの影響で多毛になることもあります。
肥満や耐糖能異常(血液中の血糖値が通常より高い状態)を呈する場合もあります。
症状や希望に合わせた治療法
PCOSの治療にはどんな方法があるのでしょうか?薬だけでなく生活面のことも関係するのでしょうか。
ドクターズEYE!
妊娠希望の有無で変わるPCOSの治療法
妊娠を希望しているかどうかを考慮して治療が進められます。
肥満を伴う場合は、まず減量を含めた生活習慣の改善が必要です。
妊娠を希望しない場合は、月経異常や不正出血に対して、カウフマン療法(女性ホルモン剤を投与して、人工的に月経周期を作り出す)やピルなどのホルモン療法が行われます。
妊娠を希望する場合は、ホルモン療法をベースに、経口や注射による排卵誘発剤を使って排卵を促し、妊娠を目指します。
また、排卵を促進するために、卵巣に多数の小さな孔を開ける手術が行われることもあります。
不妊治療で気をつけるポイント
妊娠を希望する場合、特に注意すべきことはありますか?
ドクターズEYE!
不妊治療で注意が必要な卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
不妊治療では各種ホルモンを使って排卵誘発を行います。
排卵誘発剤が卵巣を過剰に刺激することで起こる「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」に注意が必要です。
重症化すると血管内の水分が減り、腹水がたまって腎不全や血栓症などの合併症を引き起こすことがあります。治療が遅れると命に関わることもあります。
OHSSはどの排卵誘発治療でも起こる可能性がありますが、特に「ゴナドトロピン製剤」と呼ばれる注射薬を使用した場合に発生率が高く、およそ5%の患者さんに起こるといわれています。
軽度の卵巣の腫れは問題ないことも多いですが、血管内脱水や尿量の減少が見られる場合は輸液で対処します。
大量の腹水や強い脱水がある場合は、腹水を減らすための腹水再還流法という治療が行われます。
また、血栓症予防のために抗凝固療法が必要になることもあります。
血栓症リスクが高い方は、退院後もしばらく予防管理が続くことがあります。
Y子の感想
妊娠を希望している人はもちろん、希望していない人も一度は産婦人科でしっかり体のチェックを受けることが大切だと感じました。
単なる月経不順や不妊だけでなく、糖尿病や生活習慣病とも関係していることを知り、驚きました。
これからは自分の健康を見逃さず、定期的に検診を続けていきたいと思います。
監修医プロフィール
落合 和彦
生年月日 | 昭和26年10月10日 |
現職 | 東京慈恵会医科大学客員教授 |
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長 | |
公益社団法人 東京都医師会理事 |
学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務
所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など
2019年11月現在
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