第2回
ただ痩せたい!では済まない。
摂食障害という心の病。

監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長

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知らず知らずのうちに女性がかかりやすい摂食障害

“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがある4つのトピックスをご紹介します。

CASE.02では、女性なら誰もが抱く“痩せたい願望”に紐づく摂食障害についてです。摂食障害は、精神疾患を合併しやすく、体力低下によって日常生活に影響があるだけでなく、実は死亡率も高いことをご存知ですか?今回は、精神科の専門医が摂食障害についてアドバイス!一般人よりも発症率が高い職種であるファッションモデルのB子さんが「神経性やせ症」と診断された事例です。

ただ痩せたい!では済まない。
摂食障害という心の病。

CASE.02
ファッションモデルB子さん32歳の話。
ただ痩せたい!では済まない。摂食障害という心の病。

摂食障害の代表的な疾患「神経性やせ症」とは?

ファッションモデルをしているB子です。モデルをはじめたきっかけは、大学在学中に始めた女性ファッション誌の読者モデルです。大学卒業後は、モデル事務所に所属し、あっという間に一流モデルの仲間入り。27歳から米国に渡り、本格的なモデルの仕事をこなしていくようになりました。モデルとしてのキャリアは順調でした。元来スリムな体型で、20代には食事の制限はほとんど必要なかったので、自分でもこの仕事を選ぶことに迷いはありませんでした。でも30歳を過ぎてから、体型を維持するためにダイエットをするようになりました。当然、一流モデルとして仕事のプレッシャーもありました。ダイエットは主に食事制限(カロリー制限)で行っていましたが、年々効果が落ちていると感じ、次第に絶食するなど極端なダイエットを繰り返すようになっていきました。

本当にまずいなと自分で感じ始めたのは、月経が来なくなったという体調の変化だけでなく、精神的にも孤独感や疎外感が強くなってしまって…学生時代の親友であるA子に相談することに…

ドクターズEYE!摂食障害の代表的な疾患

摂食障害は食行動を中心にいろいろな問題があらわれる病気です。ダンサーやモデルなど体型の維持が要求される職種では一般人より発病率が高いといわれています。スリムな体型を維持したいというのは、多くの女性が望むことですが、摂食障害という病は、ただ痩せたいというだけでは済まされず、抑うつ、強迫性障害、パーソナリティ障害、双極性障害など他の精神疾患を合併しやすいと報告されています。痩せたから、また太ればいいというわけにはいかないのがこの病の難しいところです。摂食障害の代表的な疾患である「神経性やせ症」では体重や体型の感じ方が障害されます。つまり外見からは明らかにやせていても、それを自分では異常と感じないのが特徴です。

自分のボディーイメージに障害が?
知らず知らずのうちに忍び寄る心の病

A子さんはB子の体型を見てびっくり!明らかに以前のB子とは違い、スリムではあるけれど、健康的なB子のイメージはすっかり消え失せていました。月経も停止しているとのこともあり、知り合いの産婦人科の受診を勧めたのでした。

産婦人科を受診したB子さん。身体計測では身長165cm、体重34Kgであり、BMIは12.5となり、最重度のやせと診断されました。血圧は90/46、脈拍58/分と低血圧、心拍数の低下がみられました。精神的な落ち込みもあるため、医師は摂食障害のうち「神経性やせ症」と診断。各種ホルモン検査を行い、精神科の受診を勧められました。「神経性やせ症」とは具体的にどんな病なの?

ドクターズEYE!合併するうつと日常生活の変化

神経性やせ症では無月経、低血圧、徐脈、低体温と冷え、うぶ毛の増加、便秘、むくみなどの身体症状が現れます。食事を自分で制限をしたり、のどに指を入れて自ら嘔吐を誘発したりして習慣化するケースもよく見られます。血液検査では、肝機能異常、白血球減少、コレステロール異常、電解質異常(低ナトリウム、低カリウム血症)があります。またホルモン検査では女性ホルモン、成長ホルモンが低下します。これらの値は体重が回復すれば改善するものではあります。しかし精神面での変化としては、やせの影響でうつ気分や不安、こだわりが強くなってきます。やせていることで満足感は得られますが、本人は自分がやせているとは思っていないことから、心配する周囲の人たちとの関係が悪化し、B子さんのように孤立感を覚えることなどから精神不安定になることもあります。さらに体力低下に伴い、学業や仕事の能率の低下など、日常生活にも支障が出てきてしまう病気です。

血液検査やホルモン検査と医師の話で分かった
「神経性やせ症」という病の根深さ

ホルモン検査の結果から、婦人科的には視床下部性無月経であり、ホルモン療法によって月経をおこすことは可能であるものの、本質的な治療は体重の回復をすることであって、自分のボディーイメージを変えることが重要であるとのことでした。医師から3人の女性の写真を見せられて、自分のボディーイメージと同じ写真を示すように言われました。3人の女性のBMIはそれぞれ12.5、17.0、22.5の女性でした。私が指したのは17.0の女性でした。つまり、自分のイメージと実際の自分自身のイメージにずれがあったのでした。医師からメンタルクリニックでのカウンセリングを勧められ、受けることにしました。

ドクターズEYE!BMIと代償行為

一般的な健康診断などでもよく目にする体格指数・BMI (Body Mass Index) は、体重(kg) ÷ {身長(m)}²(二乗) (例. 158cm・54kgの場合、54(kg) ÷ {1.58(m)}² = 54 ÷ 2.4964 ≒ BMI 21.63) で得られた指数で、性別に関わらずその値が22のときに死亡率や高血圧、糖尿病、心筋梗塞など生活習慣病の有病率が、最も低いことが知られています。
摂食障害の治療は、患者本人の治療へのモチベーションを高めることが大事になります。極端な食事制限や絶食の代償行為として起こしがちな、"嘔吐"や"過食・下剤乱用"などの不適切な行為は治療に対するモチベーションの低下に結び付き、"病気の慢性化"を招くと言われているので注意が必要です。実際、排出行為など不適切な代償行為のある入院歴のある神経性やせ症の患者のうち、退院5年以上のフォローアップ調査において死亡率が15%を超えているというこわい事実も明らかにされています。

メンタルクリニックでの治療は?
カウンセリングで分かった自分自身の心の状態

メンタルクリニックでは、まずカウンセリングが行われました。今までの環境や仕事内容など一般的な経歴について説明する中で、自分のボディーイメージの変化や、そのことが仕事として、どのようにインセンティブに繋がっていたのかなどを尋ねられました。約1時間の面接が終わると、自分の生き方だけでなく、自分の身体を俯瞰的に見られるような気持ちを感じて、心が少し軽くなっていました。

ドクターズEYE!カウンセリングの意義

カウンセリングは、患者が自分自身に向き合うことで、新しい理解や洞察に自発的にたどり着くためのプロセスのことです。つまりB子さんの場合、自らのボディーイメージを客観的に見ることができるようにすることが目的です。何回かのカウンセリングで、客観性が得られると改善傾向が得られる場合もありますが、重症の場合には認知行動療法として食事日誌(24時間自己監視し、食事を記録すること)を記載することで、より効果を発揮するケースが多くあります。このように状況を客観的にとらえ、自己評価や自分に対する価値観が体重や体型に縛られている状態を徐々に解きほぐしていきます。

本当に自分らしくあるために、これまでの生き方を見つめて

数回のカウンセリングで精神的にも落ち着きを取り戻してきた頃から、体重も治療開始後2か月で37Kgまで回復しました。しかし、食欲が回復したとは言えず、月経もまだ回復していませんでした。指導された食事内容を、全量摂取するのが苦痛であることも少なくありませんでした。

ドクターズEYE!摂食障害を克服する道のり

治療の目標は身体的異常を正しい数値に戻すことと正常な食行動の維持を自ら図れるようになることですが、背後にある心理的諸問題の解決策を探ることはとても重要です(B子さんの場合、極端なやせ=モデルとしての仕事が成功するという認識の改善が必要です)。標準体重の60%以下では日常生活に支障が出ますから、まず栄養状態をある程度改善することが必要になります。月経は標準体重の85%以上になると自然に再開してきますので、標準体重の70%以下の無月経に対しては、貧血や体力の消耗につながるため出血をおこすホルモン治療は行いません。しかし長期にわたる経過の中では、治癒と再燃を繰り返します。摂食障害からの回復は、症状からの回復はもちろんのこと、自分らしさを肯定し、ありのままの自分を受け入れるようになることが肝要なのです。

治療を受けたB子さんの感想

まず、何よりも神経性やせ症では長期間の経過観察が必要であることが理解できました。米国でのモデルとしての成功体験もあって、周囲からの妬みや陰口が、なおさら気になるようになっていたのだと思います。「自分の居場所」があるという実感が持てず、孤独感や疎外感に苛まれ、耐えがたい寂しさを感じていました。A子と再会してから1年、私は日本で暮らすようになり、仕事とプライベートをエンジョイできる心の余裕を取り戻しました。因みに今の体重は45Kg、BMIは16.5と回復傾向にあります。本当に自分らしくあるということは、自分の身体と心を大事にすること。この病をきっかけに、自分の生き方そのものを見つめ直すことができたと思います。

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監修医プロフィール

落合 和彦

生年月日 昭和26年10月10日
現職 東京慈恵会医科大学客員教授
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
公益社団法人 東京都医師会理事

学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務

所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など

2019年11月現在

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