第16回
人工妊娠中絶術-話題の経口中絶薬とは?

監修医 落合和彦
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長

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人工妊娠中絶術-話題の経口中絶薬とは?

“仕事もプライベートも自分らしく充実させたい”そんなあなたのウェルネスライフを叶えるために、各方面の専門医が、働く女性のヘルスチェックのアドバイスをするこのコーナーでは、女性の身近にリスクがあるトピックスをご紹介します。

CASE.16では、妊娠したもののさまざまな理由で中絶を考えている女性にとって知っておきたい人工妊娠中絶術についてです。営業のC子(43歳)が同僚のY子(31歳)から友人E(28歳)の2人目の妊娠の人工妊娠中絶について相談を受け、産婦人科の主治医に一般的な人工妊娠中絶の方法や、最近話題の経口妊娠中絶薬についてなどを尋ねたケースをご紹介します。

妊娠初期で最近話題の経口妊娠中絶薬を検討するE、28歳の相談。

CASE 16:人工妊娠中絶術のリアル

営業のC子43歳です。私は同僚のY子(31歳)から、友人E(28歳)が人工妊娠中絶を検討しているとの相談を受けていました。Eは、既婚で2年前に男の子を出産しましたが、今回2人目の妊娠中にうっかりコロナに感染したので、妊娠の継続を迷っているといいます。主治医からは、「コロナが赤ちゃんに影響を及ぼすことはありません」と言われているようですが、コロナの後遺症もあるようなので、今回は残念だけどあきらめたいと言っていて、まだ妊娠7週くらいなので、最近話題の経口妊娠中絶薬を使ってみようかと思っているようだ、との相談でした。私は産婦人科の主治医の先生に「そもそも人工妊娠中絶は何週であっても、どこの産婦人科でもやっていただけるのでしょうか?」と聞いてみました。

ドクターズEYE!
母体保護法によって人工妊娠中絶は、妊娠22週未満とされている。

母体保護法によれば、人工妊娠中絶は胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出することとされています。なお、その時期としては現在では妊娠22週未満とされています。なお、医師であれば誰でも中絶手術ができるわけではなく、母体保護法により指定された医師(指定医師)でなければ施術することはできません。なお、胎児付属物とは胎盤、卵膜、暖帯、羊水のことであります。

妊娠22週未満で、なおかつ母体保護法により指定された医師でなければ施術ができないものなのね。

妊娠初期の場合、一般的に経口中絶薬が使われるものなの?

私は、さらに「現在中絶手術はどのくらい行われているのでしょうか?そして一般的な方法について教えてください。」と聞いてみました。初期の妊娠の場合、経口中絶薬が使われているのか?それとも、経口薬が使える条件があるのか知りたかったからです。

ドクターズEYE!
国内ではほとんどが掻把法または吸引法

現在、我が国では約12万件の中絶手術が行われています。ほとんどは掻把法または吸引法(後述)が行われています。

現状の中絶方法をご説明します。妊娠初期(12週未満)の場合と妊娠12 週〜22 週未満の場合では中絶手術の方法が大きく違います。

妊娠初期(12週未満)には子宮内容除去術として掻爬法(そうは法、内容をかきだす方法)または吸引法(器械で吸い出す方法)が行われます。子宮口をあらかじめ拡張した上で、ほとんどの場合は静脈麻酔をして、器械的に子宮の内容物を除去する方法です。通常は10 〜15分程度の手術で済み、痛みや出血も少ないので、体調などに問題がなければその日のうちに帰宅できます。妊娠12週〜22週未満ではあらかじめ子宮口を開く処置を行なった後、子宮収縮剤で人工的に陣痛を起こし流産させる方法(分娩するような方法)をとります。個人差はありますが、体に負担がかかるため通常は数日間の入院が必要になります。

妊娠周期によって中絶手術の方法は大きく違っていて、初期の方が体の負担が軽いため、中絶を検討するなら早い方がよいのね。

12週以降の中絶手術にはさまざまな手続きと負担が伴う

12週以降の中絶手術では「胎児が娩出」されるということなので、分娩と同様に何らかの手続きが必要なのかどうか、についても聞いていました。

ドクターズEYE!
手続き上は「死産」扱い、健康保険の適用外である点も注意

そうです。手続き上は「死産」の扱いになります。妊娠12週以後の中絶手術を受けた場合は役所に死産届を提出し、胎児の埋葬許可証をもらう必要があります。

また中絶手術は、健康保険の適応にはなりません。妊娠12週以後の中絶手術の場合は手術料だけでなく入院費用もかかるため経済的な負担も大きくなります。したがって中絶を選択せざるをえない場合は、できるだけ早く決断した方がいろいろな負担が少なくて済みます。

母体への負担だけでなく、手続き、そして費用の負担も大きくなるのね。

経口中絶薬とは?

私は近年、妊娠9週までの妊娠では経口中絶薬により中絶が行えるようになったことが報道されたことを主治医に話し、「これは誰でも使えるものなのですか?経口中絶薬による適応と中絶方法について教えてください。」と続けて尋ねました。

ドクターズEYE!
妊娠9週までの早期に限定、さらに症例を限定して実施

従来の掻把法や吸引法では子宮内に器具を入れ子宮内の胎嚢を摘出するために、子宮の内壁を傷つけるリスクがあります。一方、経口中絶薬は子宮に器具を入れることがないので、子宮にも精神的にも負担が少ない中絶法と考えられています。しかし、思いもよらぬ出血や下腹痛などがあることから、入院が可能な施設で母体保護法指定医の慎重な監視下で実施すること、妊娠9週までの早期に限定して実施することなど、当面は誰でもが行えるわけでなく、症例を限定して実施されています。

確かに薬を飲むことで中絶ができるなら体の負担は軽そうに感じるけれど、やはり何が起こるか分からない想定で実施されているのね。

経口中絶薬の使用方法のリアル

とはいえ、新しい中絶方法として話題なだけに、私は、もう少し具体的に、実際の経口妊娠中絶薬・使用法について知りたくなり、主治医にさらに確認してみました。

ドクターズEYE!
経口中絶薬はホルモン剤と至急の収縮を促す薬を順番に服用

「経口中絶薬」は2種類の薬を順番に服用します。まずは、初めにのむ薬が「ミフェプリストン」です。妊娠を継続するホルモンであるプロゲステロンの働きを抑えて、妊娠の進行を止めます。そして36時間から48時間後に第2薬の「ミソプロストール」を服用します。「ミソプロストール」は、プロスタグランディンの1種で子宮の収縮を促して、子宮の内容物を排出します。この薬は、ゆっくり吸収させる必要があるので、すぐにのみ込まず、左右の奥歯と頬の間に入れ、かみ砕くことなく30分間かけて口の中で溶かします。わが国で行われた臨床研究では9割以上が24時間以内に中絶に至りましたが、中には、排出が確認されなかったり、体内に一部が残ってしまうこともありました。第2薬を服用して24時間たっても中絶が確認できない場合は手術が必要となります。

なるほど、こういう仕組みなのね。でも薬の効き具合によっては手術もあり、ということね。

人工妊娠中絶術における安全性は?

一般的な掻把法または吸引法と経口中絶薬、人工妊娠中絶術の方法として安全性の比較はどうなのだろうと思い、それぞれの安全性についても聞いてみました。

ドクターズEYE!
経口薬だから安心・安全であるとは言い切れない

従来の手術法(掻把、吸引)では、世界に比べ我が国では、合併症の頻度は少ないとされていますが、手探りの感覚が重要な手術であるため、子宮穿孔、腸管損傷、子宮内遺残、出血などの合併症のリスクはゼロではありません。一方、経口妊娠中絶薬の副作用としては、腹痛、吐き気・嘔吐、下痢、頭痛、めまい、背中や腰の痛みなどが、6割にみられます。しかし、このうちほとんどは内服薬や経過観察で対処できる軽微なもので、入院を要する重大な副作用は約4%にみられ、腹痛、発熱や大量出血などになっています。このように、経口薬だから安心・安全であるとは言い切れず、結果的に従来通りの手術を行わなければならない場合もあることを認識しておく必要があります。

一般的な掻把法または吸引法にしても、経口中絶薬にしても、いずれにしても人工妊娠中絶術には危険が伴うことの認識をしておいた方がよいわね。

経口妊娠中絶薬が使用できない人は?

また経口妊娠中絶薬が使用できない人はいるのかどうかについても尋ねました。

ドクターズEYE!
経口中絶薬が使用できないケース

超音波検査で子宮内に妊娠が確認されない場合には子宮外妊娠の可能性がありますので、本剤を使用することはできません。また、子宮内避妊具(IUD)を使っている人や巨大な筋腫などの場合にも胎児が排出されないことがあります。さらに副腎皮質ステロイド治療を受けている人、異常出血のある人、抗凝固薬を使っている人には本剤は使えません。

妊娠初期であっても自分が適応されるかどうかは医師と相談ということね。

中絶はその後、不妊の原因になる?

最後にEは手術を受けた後、不妊になるのか心配していたので、中絶後の再度の妊娠への影響についても尋ねました。

ドクターズEYE!
不妊になることはほとんどないが、妊娠時期は医師と相談したい

人工妊娠中絶手術を受けたとしても、一般的にはその後不妊になることはほとんどありません。ただ、現行の手術(掻把法、吸引法)では、子宮内膜に損傷ができる場合も少なくないため、術後については、婦人科主治医と相談され、直ちに妊娠するのではなく、子宮内膜を保護するためにも、しばらく低用量ピルを使用するなど考えていただきたいものです。

C子の感想

主治医のお話を聞いて、安易に中絶を行うことは好ましくないことが良くわかりました。Y子にも良く伝えようと思います。ただ、あまり時間が過ぎると手術方法も大きくなるようなので、早速Eに今日お話を伺った産婦人科医を紹介することを伝えてもらうようにしました。

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監修医プロフィール

落合 和彦

生年月日 昭和26年10月10日
現職 東京慈恵会医科大学客員教授
一般社団法人 東京産婦人科医会・名誉会長
公益社団法人 東京都医師会理事

学歴および職歴
昭和52年東京慈恵会医科大学卒業後、米国UCLA留学を経て東京慈恵会医科大学付属青戸病院院長、産婦人科教授を歴任
平成29年同大学を定年退任 同大学客員教授となる。
公益社団法人・東京都医師会理事、一般社団法人・東京産婦人科医会名誉会長を兼務

所属学会
日本産科婦人科学会(功労会員)、日本産婦人科医会(理事)、日本婦人科腫瘍学会(功労会員)、日本臨床細胞学会(功労会員)、日本産婦人科手術学会(功労会員)日本サイトメトリー学会(名誉会員)など

2019年11月現在

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